「ここで下せ」
担がれていたダーテングは、低い声でドサイドンに呟いた。
「良いのか。お前瀕死の手前だぞ」
「うるせぇ! 下せと言ったら下せ!」
ダーテングがわめくので、ドサイドンは肩をすくめて言う通りに地面に下した。
「あー胸糞悪い! てめぇもうどっかいけ。腰抜けが!」
八つ当たりよろしくダーテングは葉っぱカッターを飛ばしまくる。
ドサイドンは咄嗟に両腕を交差して防御した。頑丈な皮膚を持つドサイドンでも、効果抜群の葉っぱカッターは効く。
薄く裂かれた両腕を下ろしてドサイドンは睨みつけた。
「てめぇ……」
威圧感を放たれ、ダーテングは気圧されたのか後ずさる。
「なっなんだ!? 文句あるのか? てめぇがあいつを倒さなかったのが悪いんだろ!」
ダーテングは喚きだし、それから長い白髪を翻して逃げるようにその場から去っていった。しばらくして走る下駄の音が聞こえなくなり、ドサイドンはブロック塀が連なる路地裏を歩き始めた。
「――女性に絡む奴は最低か……」
深い溜息を吐きながら、ドサイドンは顔をうつむかせる。
そのまま重い足取りで路地裏を抜けると、その先には中規模の工場があった。トサイドンは抜き足差し足で工場の敷地内に入り込む。
「……何コソ泥見たく歩いているんだよ。ドニム」
背後から声をかけられ、ドサイドンは飛び上がりそうになった。ドニムは恐る恐る後ろを振り返り、積み重なった土管の上に一人座る赤い目をしたポケモンを見た。
それは灰色でごつごつとした体皮を持ち、ドサイドンに似たドリル状の角が鼻先から生えている。
このポケモンはサイドンと言い、ドサイドンの進化前の種族である。
サイドンは手にしている缶ジュースを飲み干すと、三本の鋭い爪を持つ手で軽々と握りつぶした。その後紙のように丸めて、近くにあったゴミ箱に投げ入れる。
「最近、ちょっと夜遊びしすぎじゃないか? 失踪事件とか多いのだ。夕方とは言わないが、もう少し早く帰れないのか?」
「平気だよ。仲間がいるし」
「仲間ねぇ……」
サイドンはドニムの傷ついた両腕を見つめて眉間にしわを寄せる。
「それ、誰にやられた」
ドニムは両腕の傷に気づき、なんでもないと後ろに隠した。
サイドンはそんなドニムのしぐさにますますしわを寄せる。土管から腰を上げて地面に降りると、ドニムのもとに近寄った。
「なんで隠すんだよ。喧嘩でもしたのか」
「……見慣れないバクフーンにいきなりやられたんだよ」
ドニムはとっさに嘘をついた。ある意味では本当のことでもある。
「見慣れないバクフーン? そいつはどこに住んでいる。お礼参りしてやるよ」
「いいよしなくて! あれは俺たちが悪いんだし」
「俺たちが悪い? 何かしたのか」
ドニムは口を滑らしたことに気づき冷や汗をたらす。
「いやっそれは……その……」
ドニムが言いよどむには理由があった。
それは真実を話せば、目の前にいるサイドンに必ずしばき倒されると分かっていたからだ。それが怖くてドニムは言葉を詰まらせる。その様子を見てサイドンは嘆息をもらした。
「ドニム、お前が何をしたのか分からないが、これだけは言っておくぞ。もし会社の信用を落とすようなことをしたらただでは済まさないからな。たとえそれが弟のお前でもだ」
「わっわかっているよ。サドラ兄貴……」
ドニムは怯えた声で返事をし、サイドンである兄サドラから逃げるように工事現場を去った。
「……難しい年頃で片づけていいのか分からんな」
サイドンは悲しそうにドニムの後姿を見送り、工場の中に入っていった。
◇ ◇
工場の近くの路地裏でドニムは座り込んでいた。
「あぁ……、どうしよう。なんか最近あいつらの行動について行けない……。だからと言って抜けるのも許してくれないだろうし」
満月が浮かぶ空を見上げ、ドニムは途方に暮れる。
「……ちょいとそこのお兄さん」
「あ?」
顔を下げると、いつの間にか目の前に紺色のポケモンが立っていた。頭部から扇状に広がる赤い羽が特徴的で、手足から生える三本の爪が月明かりを反射していた。
「何かお困りのご様子ですね」
ポケモンは妖艶な笑みを浮かべて、ドニムの顔を覗き込む。
「なんだよ。別に関係ねぇだろ」
変なポケモンに絡まれたと思い、ドニムは立ち上がり威圧するように睨みつけた。しかし、このポケモンは先ほどのダーテングと違って怯えもしない。
「友人関係でお悩みと言ったご様子でしょうか。もしよろしければ私が解決方法を伝授しましょうか?」
「そう簡単に解決できる方法があるなら苦労しないさ」
ドニムは自虐的に笑い飛ばした。けれどもポケモンは首を振りながら指を突きたて横に振るう。
「それがあるのですよ。本当に簡単なことです」
ポケモンは懐からなにやら黒い円盤を取り出した。
「邪魔だと思うなら、すべて壊せばいいのです。関係をなかったことにすれば、悩む必要などありませんよ?」
黒い円盤がいきなり回り出し、ドニムの周りに黒い煙幕を張りだす。
「ごほっ。なんだ……これは!?」
ドニムは黒い煙を吸って咳き込んだ。
「楽にしてください。すぐに終わりますから」
ポケモンは不気味な笑みを浮かべ、ドニムが気を失い崩れるように倒れるのを眺めた。
気を失ったドニムを見下ろして、口の端を高く上げる。
「――まさかこんな所で、試作品の被験体が見つかるとは思いませんでした」
高らかに笑うと、ポケモンはドニムを残してその場から姿を消した。
しばらくして、ドニムは目を覚ました。
けれどもその目は空ろで、正気を見せていない。
「……コワス」
そうぽつりと呟くと、まるで獣のような大きな吼え声を発して、ドニムは暗い路地裏を走り出した。