しばらく歩くと、道のど真ん中に蜘蛛の巣が張ってあった。
俺たちアリアドスは、普通はこういう場所には巣を張らない。通り道は確かに獲物がかかりやすいが、その分巣が壊れやすいし下手をすると仲間が引っ掛かる可能性もあるからだ。
その上、糸の細さは疎らでほころびが何か所もあった。こんな巣の張り方をする奴は、まずあのリンドウとか言うガキしか居ないだろう。これほど堂々と道の真ん中に張っていたら、逆に獲物がかからないと思うけどな。
俺は、雑に作られた巣を前にして考え込む。壊すのは簡単だが、一応同族の張った巣だ。ただ壊すのは気が引ける。
これがあの化物の巣だったら遠慮なく壊せるんだが――――。
そんなことを思っている内に、いつの間にか巣を脇に移動させていた。
無意識に巣をいじるのは俺の悪い癖だ。
俺がボスだから仲間は許してくれるが、実際は乱闘騒ぎになってもおかしくない。それぐらいアリアドスにとって巣というのは大切なものなんだ。しかし、ほころびやら均一ではない糸を見ると、無性に直したくなるんだよな。
移動させたもんは仕方ないので、ついでにほころびも直した。綺麗になった巣を見て、俺は一匹満足する。
「――何をしている?」
苛立った声が頭上から聞こえてきた。どうやら巣の主が帰ってきたようだ。
見上げれば、葉っぱの隙間から不機嫌な顔が見える。同時に、木の上から何かが落ちてきた。よく見るとヨヅクに惑わされた例の鳥ポケモンだった。脚と翼を糸で縛られていて、気絶している。
そう言えば、いつの間にか悲鳴が聞こえなくなっていたな。あの化物が相手していたはずだが、どうやら遊び相手としてガキに与えたようだ。
「何をしているかと、聞いているんだ」
威圧的にガキが言うので、面倒くさいが正直に答えた。
「巣の張り方がなってないから、直しただけだ」
そう言った途端に奴の不機嫌な顔が崩れ、うろたえ始める。こういうところが本当にガキだな。そこは言い返して欲しいもんだ。
俺は思わずため息を漏らした。すると、そのため息が癇に障ったのか、ガキは幹をつたって下りてきた。
薄紫か紫の間、確か人間はりんどう色と言っていたか。そんな色違いのガキは、冷たい水色の目で巣を見つめては訝しげに俺の方を向いた。
「……お前がやったのか?」
「それはどういう意味で聞いているんだ?」
「お前がこんな綺麗な巣を張れるとは思わない。こういうのは小柄な奴が張るものだ」
――――ヨヅク以外で俺に面と向かって喧嘩を売ってきたのは、こいつが初めてかもしれない。あの化物も喧嘩は売ってこなかったぞ。
「おい。巣なんて図体関係なく綺麗に張る奴は綺麗に張るし、雑な奴は雑だぞ」
「本当か?」
「嘘を言ってどうする」
「そうか。雑な奴もいるのか」
どこか安堵する様子でガキはつぶやいた。なるほど。巣を張るのが下手なことを、少なからず負い目に感じているわけか。
こいつの場合は、教えてくれる奴が居なかったせいもある。居てもあの化物だ。まともに作れるわけがない。そう考えれば我流で良くここまで出来たとも言える。
「ガキ。誰だって最初は雑だ。こういうのは慣れだ。慣れ」
「ガキと言うな。リンドウと言え!」
「はいはい。大人になったらな」
「私は大人だと言っているだろ! オグモ! 群れのボスだからといい気になるな!」
ガキがお得意のサイコキネシスを繰り出そうとしたので、俺は不意打ちを食らわせた。その際、技の勢いが良すぎたせいか、ガキは吹き飛んで先ほど俺が直した巣へとぶつかった。
「あっ」
ガキをキャッチした巣は衝撃に耐えきれずに壊れた。直して置かなかったら、きっと巣を突き抜けて飛んでいたな。感謝しろよ。
「……オグモ……てめぇ!」
何故かガキは怒り狂って俺に向かおうとしたが、糸が足に絡まって転んだ。――糸を使うアリアドスが糸に絡まっちゃ世話ねぇな。
「うぜぇ!」
ガキは叫んで糸を引きはがそうとしたが、余計絡まって身動きできない状況になっていくのがわかる。
「あー落ち着け。焦ると余計絡まるぞ」
「五月蠅い!」
サイコキネシスを放ったのか俺の足がおかしな方向に曲がりかける。なので、俺も相殺するようにサイコキネシスを使った。
「防ぐな馬鹿!」
「アホを言うな。お前のそれは殺しにかかってるだろう」
「足を封じようよしただけだ!」
「いや、折りかけてたぞ!?」
これがこのガキの怖いところだ。技の加減を知らない。
いつの日かは忘れたが、コウヒの翼を引き千切ろうとしていたのを見かけた時は思わず全力で叩き伏せた。おかげで俺は化物に喉を潰されかけるし、散々な日々だったのを覚えている。
放っているくせに変なところで過保護になる。あの化物の子育ての仕方は突っ込みどころが満載だ。むしろ子育てしてると言えるのか謎だ……。
「とりあえず、俺に攻撃するより絡まった糸を技で取り払うのが先じゃないか?」
「……」
俺の言葉を聞いて、ガキは糸を見つめたまま黙り込んだ。落ち着きを取り戻したようだが何か困っているようにも見える。ふと、俺は黙り込んだ理由に気づく。
「的が小さくて出来ないか」
「出来る!」
そう言ってガキは糸に向かって勢いよく技を放った――――だが、浮かんだのは糸ではなく地面の一部だった。ちなみに、狙った糸の方は全く動いていない。
その場に何とも言えない沈黙が流れた。
「……まぁ、がんばれ」
俺は応援の言葉を言い添えて帰ることにした。しかし俺の気遣いは逆効果を起こしたようだ。ガキは言葉にならないうめき声やら叫び声を発しながら、浮かしていた地面の一部を飛ばしてきた。
りんどう色の顔のせいで、赤くなっているのがよくわかる。
俺は飛来物を避けながら、いろいろと荒れているガキをその場に残して立ち去った。