大通りについた途端、唐突にお腹が鳴りだしたので、時計台を見て時間を確認すると時計の針は十二時半を指していた。昼食を取るため、バクフーンは飲食店を探し始めたが、時間が時間なだけにどの店も皆混雑している。
仕方がないので、バクフーンは近くの比較的空いている喫茶店に入った。数分後、木の実サンドイッチとカフェオレが載ったおぼんを片手に持って、外に出てきた。店外に設置してあるテーブル席に座ると、カフェオレを飲んで一息つく。
ふと、隣のテーブル席に視線を移すと、座って新聞を読んでいるコイルと偶然視線が交差した。
「あっ」
「ん?」
両者とも同時に声を上げる。
コイルの方はすぐに視線を外したが、バクフーンはじっと見つめ続けた。視線に耐え切れなくなったのか、コイルは読んでいた新聞を折りたたむと、カップを持って静かに席を立つ。
どこに行くのかと思いきや、コイルはバクフーンが座っているテーブル席にやってきた。バクフーンは怪訝に思うどころか、コイルが座れるように席を詰め始める。
「……なんで、君がここにいるんだい?」
席に座りながら、コイルは小声でバクフーンに言った。
公然の場であるため、別段小声で話すのは不思議なことではない。それでも、コイルの声は異常なほど小さい声だった。
そのおかげでバクフーンは、半分ぐらいしか言葉を聞き取れていない。しかし、コイルが何を言ったのかは、表情で理解できていた。
「ここはカフェだぞ。昼飯を食べに来て何が悪い」
そう言いながらバクフーンは、サンドイッチを食べ始める。
「見れば分かるよ。そういう意味じゃなくて、なんでこの町にいるのさ」
コイルは畳み掛けて質問した。どうやらこの二人、面識があると見える。
「旅の途中で“偶然”この町を寄っただけだよ」
偶然の言葉を強調するバクフーンに、コイルは目をしかめる。
「君が言うと偶然には聞こえないんだけどね。何か用があってここに来たんじゃないの?」
コイルはバクフーンの言葉を信じていないようだ。睨まれながらもバクフーンは黙々とサンドイッチを食べ続ける。
「……そう怖い顔するなよ。――お前の言うとおり、俺は用があってここにきたさ。けど、ここでお前に会ったのは本当に偶然だぞ」
怪しむコイルの態度に、バクフーンは肩をすくめる。
「だったら、何の用でこの町に来たんだい?」
どうしても、バクフーンがこの町にやってきた理由が知りたいのか、コイルは三度目の質問を投げかける。
三度目となると、はぐらかすことも出来ないと思いバクフーンは素直に答えた。
「情報集め。いや、取引をしにここに来た」
「へぇ、じゃぁ今からその相手のところに向かうのかい?」
「いや、その必要が無くなった」
「何故?」
バクフーンはコイルを見ながらにやにやと笑う。コイルはなんだか嫌な予感を感じた。
「だって目の前にいるから」
「目の前って……僕?!」
コイルは周りが振り向くほどの大きな声を上げて驚いた。
周りの痛い視線を感じ、コイルはあわてて声を小さくする。
「なんでまた」
コルと呼ばれたコイルは、困ったようにバクフーンに理由を聞いた。
「その新聞に書いてある事件について、尋ねたいんだ」
コルが持っている新聞の一面を飾っている記事を、バクフーンは指でトントンと叩いて指し示す。
その記事は、連続失踪事件について書かれてあった。
この失踪事件は、世間では今一番ホットな話題の一つとされている。
最近、各地で謎の失踪事件が起きていた。場所・時間・年齢はバラバラでまったく関連性がないことから、当初は事件が偶然重なっていただけだと、警察は考えていた。しかし、被害者はえ続ける一方で、ついには被害者の家族から警察の捜査の仕方に難癖をつけられる始末。
ようやく警察はこの事件を、グループ的犯行と考え、各地方警察が協力体制で事件を解決していくことになった。だが、それでも未だに事件は解決の兆しを見せていない。
そんな事件をバクフーンが知りたがっていることに、コルは不可解に思った。
「珍しいね。君が事件について調べるなんて。事件話は嫌いだって言っていたのに」
「別に言いだろ。それよりこれについて詳しく教えてくれないか?」
バクフーンは話を戻して、再度コルに尋ねる。
「悪いけどこの事件は、僕は扱ってないよ。同僚が調べていたけど、記事に出来なかったみたいだし。まぁ概要ぐらいは説明できるけど、それぐらいなら君も知っているはずだろ?」
「お前の新聞社は、この事件、記事に載せてないのか?」
コルは頷いて理由を説明しだした。
「大手新聞社がこぞって取り上げているし、同じ内容よりは違う内容を書いた方が良いと部長の判断でね。実際は部長の好き嫌いだからだと思うけど」
「そっか、だけど調べた奴が居るってことはまだその情報社内に残っているよな?」
「さぁそこまでは分からないよ。ただ聞くとこによると結構調べていたみたいだけどね……」
ふと、コルは周りが静かになっていることに気づく。客で埋まっていたはずのテーブル席だが、今は空いている席の方が目立っている。道を行き交うポケモンも、さっきよりも数が少ない
時計台の方を見てみると、時間は一時五分を指していた。
「うわ、君と話していたらもうこんな時間だ。悪いけど、これから会社に戻らないといけないから」
コルはカップを持って席を立とうとしたが、席を立つことをバクフーンに止められてしまう。
バクフーンはコイルを座らせるように、ユニットを掴んで席に引き寄せる。
「何するんだよ。話なら仕事が終わってからにしてよ」
「いや、会社に行くなら俺も一緒に連れて行ってくれ」
「……はぁ?」
コルは思いっきり不愉快そうな声を出した。
普通ならそこで、空気を読んで引き下がるだろう。だが、バクフーンは空気を読むつもりなどさらさらなかった。
「お前の上司と取引したい」
「またそうやってむちゃくちゃ言って……」
「良いだろー」
甘えた声でバクフーンは手を合わせ、お願いとコルに懇願する。
「あぁもう、自分で勝手にやってくれ」
これ以上は面倒だと思い、コルはバクフーンに掴まれているユニットを回して手を振りほどいた。それから今度はすばやくバクフーンから離れて、呑み終えたカップを店内にある回収棚に置いていく。
店内から出たときバクフーンと目があったが、相手はその場から動こうともせずコルを見て笑っていた。
不愉快に思いながら、バクフーンを無視してコルは会社に向かおうとした。
「――仲介してくれたら、お前にただで情報を教えてやるよ」
コルはその場に踏みとどまり、後ろを振り返った。
「お前にとってはおいしい話だろ?」
バクフーンは、にやついた表情を浮かべながらコルに近づいた。
コルは押し黙り、バクフーンの誘いを断ろうかどうか考えた。公表しなかったとはいえ、社内の情報を部外者に教えるのは気が引けることだ。
しかし確かにバクフーンの言う通り、これはコルにとってはとてもおいしい話である。
なんせ、彼は情報屋だからだ。本来情報屋から情報を貰うとすると、多額のお金を必要とする。それをただで提供すると、情報屋であるバクフーン自身が言っているのだ。
もしもコルが事務職や、あるいわ工業的な仕事場で働いていたら、すぐに断ったかもしれない。
だが、コルが働いている場所は新聞社だ。情報収集を必要とする仕事をしている身には、これはかなり魅力的な話である。
「……わかったよ。ただしその言葉、嘘じゃないよね?」
コルは最終的に私情より利益を優先することにした。つまりは、バクフーンの話に乗っかったのだ。
「流石、話が分かる。なら――」
バクフーンは、サンドイッチの最後の一切れを口の中に放り込み、カフェオレでそれをのどに流し込むと席から立ち上がった。
「早く会社に行こうぜ」
「……とりあえず、行くならまず片付けてからね」
バクフーンがおぼんごと皿やカップを置いたまま行こうとしたので、コルは注意する。
「あぁ、そういや忘れていた」
とぼけた調子でバクフーンはおぼんを持って店内に入る。その後ろ姿を見て、コルはため息を吐きたくなった。
二人は大通りを道沿いに歩いていた。
会社に案内してもらえることになり、バクフーンは上機嫌でいる。対するコルは、目をしかめたまま道を進むので、すれ違うポケモンたち皆から避けられるよう歩かれていた。避けられる原因は人相が悪く見えたというよりも、コルの体全体からかもし出す不機嫌オーラが原因だろう。
「おい、何怒っているんだよ」
バクフーンも、コルの不機嫌オーラが気になったので声をかけた。
「君のおかげで遅刻だよ」
コルは振り向きもせずに答えた。
「あぁ、それは悪かったな」
悪いと思ってないだろうがと、コルは心の内で毒づいた。
「なら走っても良かったんだぞ?」
「違うよ。僕がいつも行く道だと間に合うさ。けどその道だと君は通れないからね」
バクフーンはなんとなく、コルがいつも使う道がどのような道なのか分かった。浮いていなければ、通れない道。つまりは、住宅街の隙間を通り抜けるといったことだろう。
「お前、ガキが好奇心で入るような道を、いつも使っているのか」
「便利だからね」
バクフーンは、お前の体の方が便利だと突っ込みたくなった。
「ここだよ」
そう言ってコルが立ち止まったので、バクフーンも立ち止まる。看板を見上げると、トトム新聞社と書いてあるのが見えた。
「ここがお前の勤め先か」
「そうだよ。まさか僕自身が、君をここに案内することになるなんてね」
嫌味を含む言葉をぶつけながら、コルは正面入り口ではなく裏通りに入りこんだ。バクフーンも後を追うように裏通りに入ると、建物の側面に非常口があった。
コルは、非常口のドアに設置してあるパネルにパスワードを入力して、ロックを解除する。ドアを開けると、コルは先にバクフーンは建物内に入れてから自分も入りドアを閉めた。
ドアが閉まると、鍵が自動で閉まる音がした。
「非常口にオートロックって危なくないか?」
「災害があったら、自動的に鍵が開く仕組みらしいよ」
コルは答えながら、周りに他の社員がいないことを確かめてからエレベーターのスイッチを押した。
地下から来たエレベーターは、運よく誰も乗っていなかったので二人は素早くそれに乗り込んだ。
「そう言えば、会うのは僕の上司で良いの?」
エレベーター内に入ってから、コルが誰に会うのかバクフーンに聞いてきた。
「お前が頼める範囲で一番偉い奴が良い」
バクフーンがそう言うと、コルは躊躇なく五階のボタンを押した。エレベーターが五階に止まると、すぐさま二人は下りて足音を立てないように廊下を歩いた。
むろん、そんなことをしなくともコルが足音を立てることはまず無いので、この場合バクフーンだけに当てはまる話である。
二人は誰にも見つかることなく、部長室と書かれる部屋の前まで行くことが出来た。
「いい? 僕が入ってと言うまで君は外にいてくれよ」
「はいはい」
本当に分かっているのか不安に思いながら、コルは緊張した趣でドアをノックする。
「コルです。部長少しお話があるのですが、よろしいでしょうか」
どうぞとの声が室内から聞こえてきたので、コルはドアを開ける。
その間、バクフーンが見えないようにドアを半開きにして、室内に滑り込むように入り込んだ。
「失礼します」
コルが部屋に入ると、窓際に顔を向け浮かんでいるロトムが居た。
「話とは何だね?」
振り向かずにロトムはコルに尋ねた。コルは前に進みでて、丁寧な口調で話し始めた。
「以前お話ししたことのある、情報屋を覚えておりますか?」
「あぁ、覚えているとも」
ロトムは大きく頷く。
「その情報屋があなたと取引したいと言っています」
「それは本当かい?」
ロトムは驚いた様子で、コルのほうを振り向いた。
「本当ですよ」
コルの背後から、バクフーンの声が響く。
まだコルが合図をしてないのにも関わらず、バクフーンは部屋に入ってきていた。
「なっ、まだ入っていいって言ってないだろ」
「今のタイミングのほうが入りやすかったんだよ」
バクフーンは小声でコルにつぶやくと、ロトムのほうを向いた。
「無礼を承知で失礼。あなたが部長さんですか?」
「あぁ、そうだよ。君がレイン君だね?」
自己紹介する前に自分の名前を言われたバクフーン――レインは、一瞬だけ眉間にしわをよせる。
「えぇ、そうです。ご存じとは思いませんでした」
「私の名はムトムだ。君のことはコル君から良く聞いているものでね」
レインはコルを見下ろした。
「お前……」
レインはある事情で、コルに自分のことを誰にも話さないようにと約束させていた。
しかしどうやらコルは、その約束を破っていたみたいだ。
「ごめん」
コルは言い訳しないで、素直に謝った。
「何かまずいことでもあったのかね?」
そんな約束をしていたとは知らないムトムは、二人の気まずい雰囲気に首をかしげる。
「まぁ、立ち話もなんだ。座りなさい」
ムトムは、レインにソファに座るよう促し、それからコルにこの場から退出するようにと命令する。
「何故ですか?」
コルが質問すると、ムトムに威圧的な視線を向けられる。
二度は言わない――そう目が言っているように見え、コルはたじろいだ。
「――わかりました。失礼しました」
しかたなくコルは、ムトムの言う通りに部長室から退室した。
コルがいなくなってからムトムは、立ち続けているレインのほうへ向き直る。
「座らないのかい? 君の取引は、立ったままするのがセオリーなのかな?」
「いや、ただあんたは部長なのに俺と取引をしようとしている。上層部に黙っていて大丈夫なのか?」
「そんなことか。問題ないよ。社長は僕には頭が上がらないからね」
社長が部長に対して頭が上がらないというのは、奇妙なことだ。本来なら、部長が社長に頭が上がらないはずである。
何か社長の弱みでも握っているのかと、レインは考察する。
「あぁ、別に弱みを握っているとか、そういうのではないよ。ただちょっとだけ、彼には貸しがある」
レインの心を読んだのか、ムトムは付け足すように言った。
「それでは、そろそろ取引と行こうじゃないか。レイン君、それとも、怒号の爆風と言ったほうが良いのかな?」
ムトムは不敵な笑いを浮かべながら、レインを見つめた。