最初は眺めるだけで通り過ぎようとしたレインだが、とある品物を目にして立ち止まった。
レインは、それを手にするとすぐさま会計を済ませた。買ったものは【フエン煎餅】と書かれた品物。ほくほくと顔をほころばせながら、買った土産物を持ってレインは近くの公園に向かった。
昼下がりを過ぎた公園では、家族連れのポケモンが楽しそうに遊んでいる。
笑い声が飛び交う遊び場を横目で見つつ、レインは公園の隅に設置してある誰も座ってないベンチに腰をかけた。それから、先ほど買った土産物の袋を開ける。
中から赤い粒粒がついた煎餅を取り出すと、大きく口を開けて頬張った。ばりぼりといい音を立てながら、レインは煎餅を食べる。
――やっぱり、地方土産はフエン煎餅が最高だなー。
そう思いながらレインは、二枚目の煎餅を食べ始めた。
袋には激辛と言う赤い文字が書かれてあるのだが、レインはおいしそうに食べていた。二枚目を食べ終えると、満足したのか煎餅の袋を折りたたみ始めた。棒状の筒に引っ掛けてある袋から、洗濯バサミを取って袋を閉じると中にしまった。
それから、地図を出してその場に広げる。レインは、地図の中央部から右の部分に記載されている町を指した。
カネグシティと書かれている。今居る町の名前だ。そしてカネグシティからは、三つの道が伸びていた。
レインは、カネグシティから伸びる三つの道を、それぞれ指で辿る。最初にイツバタウンを指し、次にベータシティを、最後にハドネタウンと言う町のところでレインは指を止めた。
「ハドネタウン……」
聞いたことのある言葉に、レインは頭をひねる。
すぐに何か思い出したのか、袋を探って手帳を手に取る。手帳開くと、中から綺麗に折りたたまれた紙を取り出した。
それを見て、レインは故郷から旅立つ日のことを思い出す。
『レイン。旅に出るんだってな! だったら俺っちの別荘貸してやるよ。ハドネタウンにあるからもし寄ったら好きに使って良いぞ。あっコレ別荘記した地図な!』
幼なじみであり、親友とも悪友とも言えるゴーストから、旅に出る時に無理やり渡された地図。
レインは渡されたその時から、今の今までこれを開けずに持っていた。地図と言っていたのだから、地図しか書いてないはずなのだが、レインは紙を開くのにかなり抵抗があった。
嫌な予感すると思いながら、レインは恐る恐る紙を開いた。紙には当然だが、地図が書かれてあった。しかも、かなりの精密さであった。
普通の地図で安心したのもつかの間、別荘がある場所を見てレインの目が点になる。
別荘の位置が、ハドネタウンの近くにある森の中を指していたからだ。
最初に取り出していた地図と何度比較しても、場所は間違いなく森の中を指していた。
しかし、手書きは手書き、精密に見えてもきっと間違えはあるはずだと、レインは一途の希望を抱いた。
手帳を袋に戻し、棒を左肩に担ぐとベンチから立ち上がる。
おもむろに空を見てみると、すでに太陽が西側に傾き始めていた。
公園にいた親子連れも帰り始めている。まだ遊びたいと駄々をこねる子どもを、無理やり連れて行く母親の姿が見えた。
日が暮れる前に隣町に行こうと、レインは急いで公園を出て、ハドネタウンに向かうことにした。
◇
隣町に続く道は一本道のため、レインは迷わずにハドネタウンに着くことが出来た。
しかし、問題はここからである。
一応確かめるために、レインは渡された地図が示している森の方を歩いてみた。
夕日に染まり薄暗くなっていく森は、不気味な雰囲気を漂わせていた。レインは草むらを掻き分け、道なき道を進んだ。やがて、木々の間から建物のようなものが見えて来た。
行ってみると、そこには一階建ての小さな家が立っていた。しかし、赤いレンガの壁は蔓に覆われ、深緑色の屋根には薄汚れて黒くくすんでいる。
レインの目からはどう見ても、廃屋にしか見えなかった。
「……あーマジか」
地図を見て、用紙の脇に書かれてある別荘の特徴を二度見する。書かれてある特長とがっちしているため、これが別荘だとレインは諦めながら悟った。手書きの地図は間違いを記しては居なかったようだ。
廃屋と化した別荘を見て、レインは目頭が熱くなるのを感じた。ここで佇むのも意味がないと、意を決して廃屋のドアノブに手をかける。
鍵がかかっていないのか、ドアは音も立てずに軽やかに開いた。
「あっあれ?」
レインは拍子抜けして声をあげる。扉を閉めて中に入り、改めて家の中を見渡した。外見の様子とはまったく違い、中はいたって普通だった。
玄関に飾ってある壺やら壁紙には手入れした後が見えるので、もしかしたら友達のゴーストが居るかもしれないとレインは思った。
「おーい。ゴーさんいるのかー?」
レインは、試しにこの別荘の持ち主の名を呼んでみた。しかし、返事は返ってこなかった。レインは再度周りを見渡してから、ゆっくりと足を踏み入れた。床には埃がある程度たまっているのか、軽くざらついている。壁には、針が刻むことを忘れた時計がかけてあった。
部屋や台所を覗いてみたが、姿は見えないどころかポケモンが生活している気配も無い。置物だけ手入れしている、そんな印象をレインは感じた。誰もいないことが分かったレインは、大きな窓のある部屋に入った。部屋の空気が篭って息苦しく感じたため、窓を全開にする。
ひんやりとした空気が、部屋の中を満たしていく。
――掃除するか
レインは窓の冊子に溜まる埃を見て、掃除することに決めた。
しかし、掃除しようにもこの家には掃除用具がないことを知る。どこを探してもまったく見当たらないので、仕方なく財布だけ持ってハドネタウンへ買出しに行くことにした。
町に行くと、夜のせいか思いのほか閉店している店が多く、買い物どころではなった。レインは小走りで町中を歩き回り、やっと小さな雑貨屋を見つけた。
店外にある掃除道具一色を見つけ、それをまとめて掴むと店の中に入る。入った時に食料棚が目に入り、次いでとばかりに今夜の夕食の材料も買うことにした。
店頭に行くと、黒く長い二本の鋭い爪を持ち、ウサギのような長い耳に左目には傷のような赤い線が走っているポケモン、ザングースがいた。しかし店主であろうザングースは、長い耳をたらして寝息を立てている。レインが声をかけようとしたとき、物音を感じて赤い方の耳がかすかに動き、ザングースは起き上がった。
「あー失礼。会計……どうぞ」
レインを見てザングースはあくびをかみ締めながら言う。品物を渡すと、壁にかけてあるそろばんを持ってザングースは計算を始めた。
「全部で1360ポケです」
レインは財布からきっかり1360ポケを出してザングースに払った。お金と引き換えに、ザングースは雛物の入った袋をレインに渡した。
買い物袋を手にとって店を出ると「またのお越しをー」とザングースの声が聞こえてきた。
会釈しながら振り向くと、すでにザングースは顔を腕の中にうずめていた。
買い物を済ませたレインは、早く帰ろうと近道をするため路地裏を歩いた。すると、三人のポケモンが路地裏で何かしているのを目撃する。
一人は緑色をした体にドレスのような脚を持ち、頭に赤い花を二つ付けたポケモン、キレイハナと言う種族と言う。そして、その隣では白髪に長い鼻を持ち下駄のような脚が特徴的なダーテングと言う種族のポケモンが、キレイハナの手を掴んで嫌らしい笑顔で笑っていた。
「そう怖がるなよ」
「はっ離してください」
キレイハナは怯えた声で言う。
「――なぁ、止めようぜ……」
ダーテングの後ろに居た茶色い体に鼻先から二本のドリル状の角を持ち、プロテクターを着たような姿をしたポケモンが、諌めるようにいった。
――このポケモンの種族はドサイドン。大柄な体を持つ種だが、このドサイドンは華奢な体つきをしていた。
「あ? 何言ってるんだ。邪魔するなら下がってろよ」
ダーテングは、ドサイドンを睨み付けてキレイハナに向き直る。ドサイドンはため息をついて、苦悩に満ちた表情を見せていた。
この光景を目にして、レインは素直に来た道を帰りたいと思った。
しかし、絡まれているキレイハナを身過ごすのは良心に欠ける上に、何より遠回りするのが億劫でもあった。レインはダーテングたちが自分に気づく前に行動を起こした。ドサイドンが背を向けたので、とっさに買い物袋から箒を取り出して頭を殴りつける。
「!?」
突然の背後の攻撃に、ドサイドンは驚き振り返った。頑丈な皮膚のせいか、痛がるそぶりを見せはしなかった。
「おぉ、岩タイプ殴っても曲がらないとはすごいな」
レインは箒の頑丈さに一人感心していた。
「なっなんだよ、お前」
「別に、ただ女性に絡んでいるから注意しただけさ!」
レインは買い物袋を地面に置くと、持っている箒をダーテングに向けて投げつけた。投げられた箒はダーテングの横腹に綺麗に当たった。急所に入ったのか、ダーテングは声を漏らしてその場にうずくまる。
キレイハナは何が起こったのか分からずに、ただ目を見開いていた。
「そこのキレイハナ! 逃げるなら早く逃げろ!」
レインが叫ぶと、はっとしてキレイハナは駆け出した。
「待て!」
ダーテングがキレイハナを捕まえようとしたので、レインは髪掴んで引っ張った。ダーテングは痛みで伸ばす手を止めた。そのかわりレインの方をきっと睨む。
「てめぇ、何者だ?! 邪魔するなぁ!」
「煩い。女性に絡むなんて最低だぞてめぇ」
レインは髪を放し後ろに下がると思いきや、片足に力を入れてすごいスピードでダーテングに突撃する。
ダーテングは電光石火を受けてよろめくが、その場で踏み止まると扇のような手で風を起こしレインを吹き飛ばした。
「っと」
レインは体勢を立て直し、ダーテングと対峙する。だが、すでにダーテングは次の行動に移っていた。レインはそれを迎え撃とうと足を踏みしめた時、その場に転がっていた箒に足を取られて転んだ
「あっ」
「貰った!」
ダーテングはその隙を見て笑い、転んだレインの背中めがけて腕を振り上げる。
「――なーんてね。噴煙」
レインはにやりと笑うと、首回りにある丸いピンク色の模様から炎を噴き出した。ダーテングは予想外の攻撃に、避け切れず炎を浴びる。
「バクフーンは背中からも炎をだせるんだよ」
火傷で呻くダーテングを見下ろしながら、レインは言った。それからドサイドンの方に向き直る。
ドサイドンは倒れたダーテングをじっと見つめたまま動かないでいた。
「さて、次はあんただな。正直に言うと、俺はあんたに勝てる気がしないんだが」
堂々と負ける宣言をするレイン。
だがドサイドンは呆れることもなければ、戦うそぶりも見せず、ダーテングに近づいて担ぎ上げた。
「……さっきのキレイハナに言っておいてくれ。怖い思いさせてごめんって」
それからドサイドンは、呆然とするレインを尻目に暗い路地裏に姿を消した。
その場に取り残されたレインは、しばらく構えたまま棒立ちしていた。
「……あいつ」
「あの」
背後から話しかけられ、レインは軽く飛び上がる。
すぐさま後ろを向くと、いつの間にかキレイハナがそこにいた。
「あれ、君あっちに逃げてなかったっけ?」
キレイハナが、逃げた方向と逆から現れたのでレインは驚く。
「遠回りしてきました。あの、助けてくれてありがとうございました」
「俺はここ通りたかっただけだよ。あとさ。ドサイドンの奴が、君にごめんって言っていたけど、もしかして知り合い?」
「そう言っていたのですか彼は」
「うん」
レインが頷くのを見て、キレイハナは悲しい顔で俯いた。
「訳有りって奴? まっ他人の俺には関係ないから詳しくは聞かないよ。それより帰るなら大通りから帰ることをお勧めする」
「そうですね。そうしておきます」
キレイハナはお辞儀をすると大通りの方へと歩いていった。
レインも転がっている箒を買い物袋に仕舞うと、比較的明るい路地裏を進んで家に帰った。